映画のなかのダウジング

ダウジングダウジング, 映画

映画に登場するダウジングというのは、ほんの1シーンの描写をも含めれば実はかなりあるのではないかと思うが、記憶に残る映画といえばヴィクトル・エリセ監督の「エル・スール」(1982年)だ。

随分昔に観たのだが、冒頭、スペインの荒涼とした大地。片手で振り子を振りながらもう片方の手は後ろに回している。5歳くらいの娘がその手にコインを一枚づつ落としてゆく。何枚目かで振り子が反応する。水源を見つけるためにその深度をコインの数で探査しているのだ。

あまりにも静謐で美しい映画。父の面影をその形見の振り子が全篇を通して小道具として効果的に使われている。冒頭には木の枝のYロッドも使われていた。

もうひとつはラッセル・クロウ監督主演の「ディバイナー 戦禍に光を求めて」(2014年)だ。原題は「The Water Diviner」。水源を探索するダウザーの意。divinerとは水脈占い師もしくは原意の隠された叡智を見出す人ということで、転じて占い師などと訳される。しかし映画はこれが主題ではなく、ガリポリの戦いで行方不明となった息子を探しにトルコへゆく父親の物語だそうだ。いやこの映画は未見なので機会があれば見てみたい気もする。

そういえば、開高健の小説にベトナム戦争で仕掛けられた地雷を枝の先にレモン(だったか)を錘に付けてその振れ方で発見するという描写を覚えているが、果たしてそれが何という作品だったかが思い出せない。「輝ける闇」だっただろうか。つまりこれはボバーの代わりなのだった。しかしこれはフィクションなのか、本当にこんなことをしていたのか、開高は実際にベトナムに従軍しているので、リアルな戦場ではそんなこともあったのかも知れない。

ダウジングも人類の歴史と同じほどには長い歴史があるとすれば、既にそれは文化であり映画や小説の主題ともなり得ると。他にもあれば知りたいところだ。